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学長の式辞
(実施:2026年3月23日)

皆さん、本日はご卒業まことにおめでとうございます。ご家族の皆様におかれましても、そのお喜びはいかばかりかと拝察致します。心よりお祝いを申し上げます。
また本日はお忙しい中、わざわざ駆け付けてくださった 枝広 直幹(なおき)福山市長をはじめ、ご臨席いただきましたご来賓の方々に、この場をお借りしてお礼申し上げます。
さて、今年は一九四六年十一月に日本国憲法が公布されて八十年となります。福山市の名誉市民でもあり、文部大臣や広島大学の初代学長を歴任された森戸辰男(もりと たつお)先生は、憲法草案の作成に尽力されたことでも知られています。あらためて日本国憲法を読み返してみますと、前文に「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」という有名な一節があります。民間人を含め約三百十万人が犠牲になった、あの戦争の惨禍を体験した国民の率直な思いでもあったと思います。
しかし今、世界は分断と対立が先鋭化し、平和とは言いがたい状況となっています。二〇二二年四月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は四年近くに及んでいますが、いまだ解決には至っていません。また二〇二三年十月以来のパレスチナ・ガザ地区でのイスラエルとハマスの戦闘はようやく停戦が発効したものの、今年も年明け早々にアメリカ軍がベネズエラを攻撃しました。さらに二月二十八日に始まったアメリカとイスラエルによるイランへの軍事攻撃は、報復の連鎖によって中東全域に戦火を広げ、原油・天然ガスの供給量減少と価格高騰という形で、日本を含め世界の経済や暮らしに深刻な影響を及ぼしつつあります。
このように先の見えない混沌とした社会に対し、ためらいや不安を抱くのは誰しも当然のことです。とはいえ、皆さんは否応なくその中へ飛び込んでいかざるを得ません。そこで皆さんに、中国古代の思想家・教育者であった孔子の言葉を贈りたいと思います。
『論語』子罕(しかん)篇に、次のような孔子の言葉があります。「譬えば山を為(つく)るが如し。未だ一簣(いっき)を成さざるも、止むは吾が止むなり。譬えば地を平らかにするが如し。一簣を覆すと雖も、進むは吾が往くなり」。
すなわち、学問修養というものは、例えば築山をつくるようなものである。もう一つ分のもっこ(土を運ぶために竹であんだ籠)の土を積み上げれば山が築き上がるのに止めてしまうのは、他でもなく自分が止めてしまうのであって、これでは山は完成しない。また例えば地ならしをするようなものでもある。初めの一つのもっこの土をならしただけでも、その地ならしが進んでいくのは、自分が進んでやったからである。
孔子は、人の行動というものは、自分自身の意思で行うものであり、責任を転嫁することはできないのであると言うのです。何かを始めようとする強い意志と、行動を始めたら途中で投げ出すことなく最後まで自分の責任でやりきることの大切さを、私たちに教えてくれていると思います。
これから新しい社会での生活を始めていく皆さんは、様々な困難や試練に直面するはずです。あるいは平和のために、自分に何ができるのか無力感にかられることもあるでしょう。そうした時のために、この孔子の言葉を頭の片隅に置いていただきたいのです。新しい行動を起こすときの勇気、行動を起こしたら最後までやりきるという強い意志を持って、これからの社会生活を実践していただききたいと思います。
しかし、もし自分だけでは解決できず、誰かの助けが必要な時には遠慮なく母校である福山市立大学を頼ってください。皆さんには四年間を一緒に過ごした学友がいて、人生の先輩である先生や職員がいます。その周りには先輩後輩が築いたネットワークもあります。
一昨年から始まったホームカミングデーは、今年の秋も「港輝祭」に合わせて第三回目が開催されます。当日は、本学の前身である福山市立女子短期大学の卒業生の皆様や、地域の皆様をお迎えします。どうか卒業生の皆さんも、友人やご家族の皆様、お友達と一緒に、母校に里帰りしてください。そうして大いに語り合ってもらいたいと願っています。
最後になりましたが、本日、母校を巣立って行く卒業生の皆さんの輝かしい将来を心より祝福し、ご参集の皆様のご健勝を祈念申し上げまして、私の挨拶と致します。
2026年(令和8年)3月23日
福山市立大学 学長 佐藤 利行